深き森の奥に住む「桂」からの手紙

2018.01.08

皆さん今日は。お初にお目にかかります。

本日はこんな山の中までお越しいただき、どうもありがとうざいます。

申し遅れましたが、私は土佐町南川字桂ノ森、俗称桂ヶ迫の「桂」でございます。

 

両親はもうこの世にいなくて私の年齢(樹齢)は定かでありませんが、西.1543年

ポルトガル人が種子島に漂着し鉄砲を伝えた話しは私が青年時代でしたので

それから逆算すると西.1397年足利義満が京都に金閣寺を創建した頃、双葉を出し

推定600~700年位にはなろうかと思います。

西.1560年桶狭間の戦、1582年本能寺の変、1598年秀吉の他界、

1600年関ケ原の合戦、1615年大坂落城、豊臣家滅亡等々、

大変な時代を生き延びて参りました。

 

このすぐ下で勇姿を誇っていた大杉3本は

寛永元、西.1624年二条城・大坂城普請用として献上され

瀬戸川から吉野川そして阿波徳島から大坂へと旅立ちましたが、

旅立ちの直前に私はこの大杉の仲立ちで妻をめとりました。

名は「かえで」と申します。

ご覧のとおり抱きかかえて仲睦まじく現在に至っております。

となりの「お藤」を養女に迎え、3人仲良く平和な「桂ヶ迫」に暮しております。

 

 

焼畑農業の時代に焼かれたキズもどうやら癒えて元気になりました。

道路ができて自動車で登ってくるなんて現代人はずい分ひ弱になったものですね。

携帯電話も聞えるようになり瀬戸川流域も便利になりました。

「お藤」の花の時期にぜひお誘い合わせの上また見にきてやってください。

 

本日は遠路どうもお疲れさまでございました。お足もとにお気をつけて

お帰りください。

瀬戸川流域の弥栄を祈念いたします。

瀬戸川 桂

妻 楓

養女 お藤

 

※本文は土佐町南川出身の中澤良太郎氏より寄稿されたものです。

※中澤良太郎氏に現地を案内してもらった時の動画は以下です。

この記事を書いた人

Maeda Kazutaka
Maeda Kazutaka
れいほく紀行編集長。高知県出身。2015年4月より土佐町石原地区での暮らしを始める。地域の宝もんを発掘しながら、里山暮らしに必要な心技体の修行を積みつつ、「つながる・つなげる」をテーマに、世界中からの旅人を受け入れるゲストハウス『omoya』オープンに向けて奮闘中。細胞にしみわたる音楽と、精神を解放するお酒をこよなく愛する。



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